杉山 紘一郎 冷泉荘管理人『好きなものにひたすら囲まれていたい』 \シェアする/ リノベーションミュージアム冷泉荘について 僕が管理人をしている「リノベーションミュージアム冷泉荘」は、1958年竣工の築年数約60年のアパートを一棟まるっと集合アトリエへと変えた建物です。東京の同潤会アパート(現在は表参道ヒルズとなっています)をモデルに、2006年からプロジェクトを展開しています。空き家問題や、高度経済成長期に建てられた建物の有効活用が求められる現代の日本において、老朽化した賃貸アパートの新しい活用方法としても全国的に注目されています。入居者さんは「古い建物を大切にしたい」という想いに共感していただいているアーティストやクリエイター、飲食店など様々な業種の方々20組以上。多様な方々が集まってアトリエやオフィス、スタジオなどにしています。 各部屋はそれぞれみなさん自由に改装して全く異なるデザインに。 冷泉荘は、DIYリノベーションのいわば博物館です。アトリエやオフィスなど仕事場が中心ですが、韓国語教室やヨガ&ピラティススタジオ、博多人形教室、靴作り教室などレッスンの場もあり、またベーグル専門店や和食の飲み屋さん、バーなど気軽に食べたり飲んだりできるお店もあります。また、1階には多目的に利用できるレンタルスペースもあって、文化発信の拠点としてまちの方にも多く活用していただいております。僕は冷泉荘の1階、A12号「冷泉荘事務局」に常駐し、掃除などの管理、広報、レンタルスペース運営、建物全体のディレクション、入居者さんやお客さんのコーディネートなどをしつつ、全体の窓口業務をしています。といっても、堅苦しいのはやめて、せっかくなので僕も1入居者として趣味を全開にして、愛知が誇る楽しいお店ヴィレッジ・ヴァンガードみたいに、遊べる管理人室を目指しています。好きなおもちゃに囲まれたスペースで、福岡のリノベーション事情や古い建物の楽しみ方も紹介しています。冷泉荘にはたくさんの素敵におもしろくて楽しい方々がいらっしゃいますが、いきなりは飛び込みにくい、そんな方もまずは管理人の僕に会いに、お気軽にあそびにいらしてくださいませ! アクセス情報 是非、お気軽に1階、A12号「冷泉荘事務局」に僕を訪ねてきて下さい。 お店の名前リノベーションミュージアム冷泉荘お問い合わせ092-985-4562Mail Address 営業時間11:00 ~ 19:00定休日毎週火曜日Address〒812-0026 福岡県福岡市博多区上川端9-35 杉山 紘一郎の自己紹介 1980年の愛知県名古屋市生まれ。小・中学校は熱田神宮という大きな神宮が通学路という通学がとても気持ちよい少年時代を過ごす。小学校は野球部のランニングについていけず6年次に相撲部に転身、中学では漫画『家裁の人』に憧れて先生と不登校がちな同級生と3人で作った園芸部に所属し、学校がもともと隣のお寺の敷地だったため校庭を掘り返すと石垣が出てくるため土を掘っては石を運び続ける3年を過ごす。高校では、3年生2人だけで消えそうだったクイズ研究同好会にクラスメイトと加入、先輩が受験のためすぐ辞任したため3年間副部長を務め、早押しクイズをみんなで頑張る(高校生クイズは3年とも予選の○×クイズで敗退)。 大学進学で福岡へ。 当時シカゴ音響系という音楽ジャンルが流行しており、ここにきたらノイズや音響系音楽詳しい人多そうだと九州芸術工科大学芸術工学部音響設計学科に入学。しかしノイズ/音響系に詳しい方はあまり出会えず、自分たちでノイズやコンテンポラリーダンスなどを主体としたサークル「八景婦人団体」(名前はクラブで踊っていた暴力温泉芸者の中原昌也氏に頼んでつけていただいた)を立ち上げた。大学は博士課程まで進学、風で鳴る楽器「エオリアン・ハープ」を研究し、博士論文『都市環境に置ける「聴く」装置としてのエオリアン・ハープの実証的研究』を執筆し、2010年に博士号取得。その後、特に就職活動をせずにきていたため、さてどうしようかと研究過程で実験場所を提供いただいた吉原住宅有限会社 代表取締役社長の吉原勝己さんに相談、ちょうど国の中小企業向け緊急雇用対策で吉原住宅も受け入れを募集されており、受講生として冷泉荘管理人業務に関わる。その後、正式に管理人を引き継ぎ、博多の文化系集合アトリエ「リノベーションミュージアム冷泉荘」のディレクション/広報/管理を行なっている。時々、廃材を利用した廃材楽器のプロジェクトも実施、サウンド・リノベーション・バンドとして演奏やワークショップも開催。 杉山紘一郎の趣味 自分の価値観をゴロッと転がす、そういうものに囲まれるのが好きです。特に大きな衝撃を与えられた、音楽とおもちゃを集めるのが趣味です。 音楽 小さい頃から父がMTV好きで洋楽MVを観て育ち、ユーロビートやB’zなどにはまっていた僕の音楽の衝撃的な出会いは1997年、高校2年生。学校にThe Chemical Brothersのアルバム”Dig Your Own Hole”を持ってきていた時に隣のクラスの友人に「ケミカル・ブラザーズ聴くの?」と仲良くなり、観せてもらったAphex TwinのMVとRage Against the Machine、BOREDOMSに衝撃を受け、急ぎAphex Twinの”Come to Daddy”を買いにいってテクノに夢中に。同じ時に買ったBOREDOMSの初めてのCDが「Super Roots 5」で、これが「LIVEの最後にみんなでジャーンジャジャジャジャとかき鳴らす、あの瞬間の高揚感を1時間続けた」というもので、その音に夢中になってノイズ音楽を聴きあさるようになったのが、僕の音楽体験の始まり。ここまで導いてくれた友人の影響は大きく、大学の進路や研究室まで彼と相談なくては現在の自分はない。その後も「価値観を転がされる衝撃」を求めて、特にジャンルのこだわりなく歌謡曲からインド映画音楽まで音の出会いを常に続けている。 おもちゃ 自分の価値観が転がる衝撃への快感を覚えて、価値観の転換を自分の美意識や判断基準としてかなり重要視して生きている事に気づいたのは、平成仮面ライダーとの出会いから。後輩に勧められて観た仮面ライダーアギトや龍騎、555の物語に衝撃を受けたところに、ふと買ってみた555のDX変身ベルト「ファイズドライバー」。携帯電話で変身し懐中電灯やデジカメで戦う、まるで蛍のように顔全面が光ったライダーの姿に番組が始まる前はかっこ悪さを感じていたのが、DX変身ベルトを買った後は、音や光、触り心地、儀礼的とも言える変身手順や変身ポーズに導かれて、想像上での変身が実感あるパワーとして体験できるようになる。仮面ライダーゴーストでは変身する時に偉人の力をパーカーとして着ることでその偉人と同化する。ブランドファッションに身を包んだ時に高揚感と自分の存在感が強くなるような感覚を得ることがあるが、それに近い感覚をDX変身ベルトで遊ぶことで想像上の力が自分に重なるような感覚になる。その瞬間、かっこ悪いと思っていた感情はどこかに吹っ飛び、夢中になってしまう。番組を見ている以上に、全身で夢中になってしまう。DX変身ベルトは自分の価値観を簡単に変えてしまう導師なのだ。しかも、平成ライダーは毎年、異なるコンセプトやデザインモチーフ、現実の流行などを巧みに取り込みながら、前年を否定するかのような強烈な個性を解き放ってくる。鬼だったり電車だったり2次創作だったり果物と戦国武将だったりバイク乗らなかったり病院の十字架とゲームのコントローラーを重ねたり、もはやバイク乗りの「ライダー」の概念を超えて、現実の様々な要素に乗っかっていくジョイライド的な概念に向かってきている。それでもライダーの玩具はスポンサーであるバンダイのおもちゃを売らなくてはならないCM要素の強い番組。徹底的なマーケティングと戦略をベースにしながらも奇抜な仮面のデザインで僕たちをびっくりさせながら虜にしていく。だから、その年ライダーの象徴たるDX変身ベルトを、僕は毎年買わなくちゃいけないんだ。自分の価値観がどこまで転がされていくのか、確かめるために。